西岡 常一の名言 Tsunekazu Nishioka

西岡 常一(Tsunekazu Nishioka)Wikipediaより

いまは太陽はあたりまえ、空気もあたりまえと思っとる。
心から自然を尊ぶという人がありませんわな。
このままやったら、わたしは1世紀から3世紀のうちに日本は砂漠になるんやないかと思います。

西岡 常一 Tsunekazu Nishioka

宮大工棟梁 奈良薬師寺金堂の再建など 1908~1995


西岡常一さんのこんな言葉もありました。

千年の檜には千年のいのちがあります。
建てるからには建物のいのちを第一に考えなければならんわけです。
風雪に耐えて立つそれが建築の本来の姿やないですか。
木は大自然が育てたいのちです。
千年も千五百年も山で生き続けてきた、そのいのちを建物に生かす。
それがわたしら宮大工の務めです。


人間は、自然界は自分たちのためにあるという感覚を持っているのかもしれませんね。

自然も、そして人間同士でも、自分の思い通りにしていこうという傲慢な思い込みがあります。

自然も自然界の存在たちも、人間が創造することはできません。

しかし人間の勝手な思い込みで、多くの自然界の仲間が存在できないようにしてしまっています。

また日本人の今の生活は、日本の中より世界規模で、他の国の自然を破壊していっていると言えるでしょう。

そして今の日本のような生活に追随しようとする多くの国をつくっています。

人間界では植物たちの見守り方も人間本位のものになっていて、その結果自然から本来与えられる恵みをいただくことができずに、健康などの様々な問題を生じさせています。

もっともっと自然界の一員であるという自覚と、自然に育まれているという認識、気づきを深く持っていくことが重要なことでしょう。

その自覚と認識を持っていけば、今の多くの問題も解決していきますし、能力などもどんどん引き出されていきます。

自然界の根源にぜひ近づいていってください。

西岡常一さんのこんな言葉もありました。

一人前の大工になるには早道はないということです。


建物は良い木ばかりでは建たない。
北側で育った『アテ』というどうしようもない木がある。
しかし、日当たりの悪い場所に使うと、何百年も我慢する良い木になる。


棟梁というものは何かといいましたら『棟梁は木の癖を見抜いて、それを適材適所に使う』ことやね。
建築は大勢の人間が寄らんとできんわな。
そのためにも『木を組むには人の心を組め』というのが、まず棟梁の役割ですな。
職人が50人おったら50人が私と同じ気持ちになってもらわんと建物はできません。


職人の中から芸術が生まれて、芸術家といわれる人の中からは、芸術は生まれてきません。


これまでに紹介した西岡常一さんの言葉です。

  • いまの時代では、何でも規格を決めて、それに合わせようとする。
    合わないものは切り捨ててしまう。
    人間の扱いも同じですね。
    それでは、理屈は通っても不自然なことこのうえない。

(浜本哲治)

薬師寺玄奘塔 Wikipediaより
薬師寺玄奘塔 Wikipediaより

LINEで送る