快川 紹喜の名言 Jouki Kaisen
安禅は必ずしも山水を須(もち)いず。
心頭滅却すれば火も自(おの)ずから涼し。
快川 紹喜 Jouki Kaisen
安土桃山時代の臨済宗の僧 ~1582
心穏やかになるには、必ずしも深山幽谷に入る必要はなく。
どんな苦難があっても、それを超越した境地に至れば、苦しいとは感じなくなるものだ。
というような意味ですね。
時には気分転換や気づきを得るために自然に抱かれたりするのものいいでしょう。
ただ実生活の中で遭遇する様々な問題は、実際にそのことと向き合う中であなたの心を磨いていくしかありません。
と言うとその個別の苦難とずっと向き合って、その苦難に対応できる心を創っていかなければならないのかというように考えがちです。
例えば暑いものは暑いですし、天候や起こってしまったことはいつまでもそのことを考えていても涼しく感じるようになったり、起こったことが変化するものではありません。
そのことに囚われるのではなく、そのことを包み込めるような心であったり身体を創っていくために、未来を夢を目指していくことです。
暑さ寒さに強くなる身体は代謝機能を高めれば実現していきますから、どうやって高められるかを知り、それに向けてチャレンジしていけば、来年の夏には暑い暑いと言うことなく過ごせるようになっています。
例えば目の前で嫌なことが起こって、嫌なことは嫌なものですから、それを好きになろうとしてもまあかなり難しいことです。
それよりそのことに囚われず、あなたが目指す夢にひたすらチャレンジしていくことです。
あなたが目指す夢は今のあなたでは実現しないことですから、それを実現するためには、あなた自身、あなたの心が今より大きなものにならなければ実現はしていきません。
もちろんその過程で、今の数倍の数の嫌なことにもさらに大きな壁にも遭遇するでしょう。
そういう体験を重ねていけばあなたのキャパシティはどんどん大きくなって、今目の前の嫌なことや問題はそれほど心奪われるものではなくなっているでしょう。
1のキャパシティで1の問題は大きな一杯いっぱいの問題ですが、10や100のキャパシティに1の問題は大した問題にはなりませんね。
実際の火を熱く感じなくなるように、心の中から一切の嫌なことを消し去るような悟りの境地もあるかもしれませんが、どんな小さなことでも極めることは不可能に近い人間ですから、自分自身をひたすら大きくして苦難を小さなものにしていくことにチャレンジしてみてください。
あなたが大きな夢を目指していけば、どこまでもキャパシティの大きなあなたの心は創っていけます。
1のキャパシティを2や3にするところを目指していると、1の困難はいつまでも大きな苦難としてあなたに付きまといますから、目指すはあなたがイメージできる最高の高みがいいでしょう。
時々、10や100は自分の実力では目指せないのではないかと言う人もいますが、2や3なら確実かと言えば、不確実さでは100も2も大差ないんです。
あなたの心頭滅却は、あなたの最高を目指すこと、それに夢中になってチャレンジすること。
これに尽きるでしょうね。
夢中の中にも問題を問題と感じさせない効力はあります。
どうぞ大志を抱いて、火も涼しいと言えるようなチャレンジをしていってください。
(浜本哲治)
恵林寺三門。右の柱に「安禅不必須山水」左の柱に「滅却心頭火自涼」の偈が記されている。Wikipediaより