倉田 百三の名言 Hyakuzo Kurata

倉田 百三(Hyakuzo Kurata)Wikipediaより

ああ、滅びるものは滅びよ。
崩れるものは崩れよ。
そして運命に壊されぬ確かなものだけ残ってくれ。
私はそれをひしとつかんで墓場に行きたいのだ。

倉田 百三 Hyakuzo Kurata

劇作家 評論家 1891~1943


どんなに精一杯積み上げたものでも、堅固に創り上げたつもりのものでも崩れる時は崩れるものです。

自然界は常に新陳代謝、そしてスクラップ&ビルドで成長していく世界です。

優等生の教育を受けた現代人は崩れることに非常に大きな抵抗を感じます。

自分にも人にも失敗を許さない風潮はこういう所から生まれているのかもしれません。

結果として崩れるのが怖くて積み上げることを恐る恐るやってみたり、とにかく崩さないように躍起になったりしますね。

そういうやり方では結果的に美しく、しなやかな、強靭なものは創り上げられません。

せっかく積み上げたものが無駄になってしまうような恐怖心にも捉われるのでしょうが、失敗と同じで崩れたものが必ずしも無駄になるわけではありません。

積上げたチャレンジにこそ本当の意味があり、そのチャレンジの価値が次のチャレンジに繋がっていくことになります。

また崩さないようにしようとするのは、非常に大きな無理がエネルギー的にも、心にも、時間的にも生じてきます。

崩れるのを取り繕ったとしても本物も見えてこなければ、根本的な解決にもなりません。

積み上げたものが崩れることは寂しいものですが、崩れたあとに残ったものこそが本当に積み上げられたものです。

余分なものが削ぎ落とされた時に本物が見えてくるものです。

またその残ったものをベースに、さらに強固なものを創り上げていけばいいわけですから、崩れることは悲しんだり悔しがったりするものではなく喜ぶべきことと言ってもいいかもしれませんね。

もちろんいい加減に積み上げたものは簡単に崩れてしまうことは言うまでもありませんが、どんな状況の中でも残るもの、そういうものをどんどん積み上げていった方が最終的には良いものが出来上がることになります。

あなたが精一杯、できる限りのことを尽くして積み上げたものが崩れる時は、どうぞそのことに気を取られることなくすぐに次のチャレンジ向かってください。

あなたの可能性も、あなたを受け入れ愛してくれる人も、何度あなたの積み上げたものが崩れても無限と言っていいほど存在するものです。

人生の時間は限られていますから、崩れたものをいつまでも見つめて感傷に浸っているよりは、新たな創造に向かってチャレンジした方がより素晴らしいものを創造できます。

あなたの可能性は無限大で、あなたの天賦の才である天才の本物が見えてくるのはシンプルなところにありますよ。

倉田 百三さんのこんな名言もありました。

誰も一生に一度は恋をするものだ。
人間の一生の旅の途中にある関所のようなものだよ。


青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ。


愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。
他人の運命を傷つけることを畏れる心である。


これまでに紹介した倉田 百三さんの名言です。

(浜本哲治)

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