北大路 魯山人の名言 Rosanjin Kitaoji

北大路 魯山人(Rosanjin Kitaoji)Wikipediaより

本当に物の味が判るためには、あくまで食ってみなければならない。
飽きがきた時になって、初めてそのものの味がはっきり判るものだ。

北大路 魯山人 Rosanjin Kitaoji

大正~昭和の陶芸家 画家 美食家 1883~1959


私はアスリートとしての活動が長かったので、食べ物に関しては質より量で味などにも頓着なく何でも食べていましたが、身体の研究を始めて食の問題に辿り着き、自然栽培に取り組み始めたのですが、この時に感じた自然に育ったものと、肥料などで育ったものの味の違いには本当に驚きました。

それまでは何も感じることなく食べていたものが、こんなに肥料の匂いや味がするものだったのかと。

そしてそれまではドレッシングなどで味を付けて食べていたものが、味を付けるのがもったいなく感じられるほどになりました。

本来の自然の恵みは、そのままの味がいちばんです。

今でも何でも食べるので、人工的な味に冒されていると思っていましたが、それでもすぐに味の違いは分かりましたから、やはり本物はすごいです。

この味の違いは、ぜひ多くの人に体感して欲しいですね。

もちろん人間の身体にいいものであることは、病状末期で何も口に出来なくなった方でも、自然栽培のものであれば食べられると言う話しはよく見聞きすることです。

何事も体験してみなければ、その本当のところは分からないものです。
いくら話しに聞いても、情報、知識を蓄えても、体験に優るものにはなりません。

また数少ない体験だけで、こういうものだと決めつけてしまうのももったいないことですね。

人間の身体も日々新陳代謝して入れ替わって変化しています。
そしてその可能性も能力の限界も底知れぬほどあります。
一生かけても自分自身の底も見えなければ、大きさも可能性も把握できないものです。

生きているからこそ、変化があるからこそ、行き止まりが見えないからこそ、飽きることなく追求が出来ます。

人間が飽きる時は変化がなくその限界を感じた時でしょう。
本当は限界はないのに、自分で設定してしまうことも多いものですね。

あなた自身を含め、あらゆる変化のあるものに限界はありません。
自分自身の身体ですら、その生涯をかけてもすべてを知り得ないのですから、色んなものを深く、本当の味わいを感じるまでに掘り下げていくには、時間はあまりにもなさ過ぎますね。

どうぞ今あなたが、あなたの夢の実現のために、あなたの天賦の才である天才で追求していることを味わい尽くす思いで取り組んでください。

子どもの好奇心のような際限のない自由な心で、その分野を見ていけば無限に広がる世界が見えてきます。

まだまだ味わったことのない深い味わいは、本当の味は、その先にきっとありますよ。

そしてひと口で、ひと目でその違いを感じさせられるような、自然の植物たちのような本物を目指していってください。

北大路 魯山人さんのこんな名言もありました。

料理は自然を素材にし、人間の一番原始的な本能を充たしながら、
その技術をほとんど芸術にまで高めている。


料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。


飽きるところから新しい料理は生まれる。


(浜本哲治)

北大路魯山人生誕地 石標(京都市・上賀茂)Wikipediaより
北大路魯山人生誕地 石標(京都市・上賀茂)Wikipediaより

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