正岡 子規の名言 Shiki Masaoka

正岡 子規(Shiki Masaoka)Wikipediaより

悟りということは、いかなる場合にも平気で死ぬことではなく、いかなる場合にも、平気で生きていることである。

正岡 子規 Shiki Masaoka

明治の俳人・歌人 1867~1902
Wikipedia(日本語)/ Wikipedia(英語)


自然界では、全ての生き物が極める、悟るということはありません。
常にその途中にいると言うことですね。

これはもちろん人間も同様で、あらゆる分野の先人たちも道の途中で後世に託したり、追求が途絶えてしまったこともあるでしょう。

人間は感情もありますし、身も心も環境も自然界全体も常に変化している世界にいますから、自分自身をも極めていくことは難しいことですし、生涯のテーマでしょうね。

どこまで自分自身を、道を極めていけるか。

最も深く遠くまで極めていくには、自分の能力を最大に発揮して、有限の時間を有効に使うことです。

能力を最大に発揮するには、その能力の蓄積も放出も、何があっても動じない常に自然体に近い状態でいられるようにすること。

時間を有効に使うにも、何があっても道を追求する歩みを止めないこと。

まさに何があっても平気でいられるように近づけていくことでしょう。

そのようにしていくためには、まず上下ともに最高と最悪を目指し覚悟しておくことが必要ですね。

目指すものは究極と思われるものを本気で目指すことで、その過程で目指すものは当たり前の通過点にしていけますから、満足も慢心もありませんから追求の手を止めることもありませんね。

同様に最悪の現象を覚悟できていれば、そこに至らないことには心を必要以上に乱すこともありません。

心の中でこの幅をどれだけ大きく取れるか。
これがどこまで極めていけるかに大きな影響を与えます。

どうぞ出来る限り高い極みを目指す、また例え最悪の事態になってとしても、どちらも自分で受け入れる覚悟を決めてください。

覚悟を決めると肝が据わってきます。

あっという間の短い人生です。
あなたの才能を出来る限り引き出して、あなたが思い描く最高の夢を実現していってください。

極めること悟ることは出来なくても、そこに少しでも近づいていくチャレンジをしてください。

人生の醍醐味を味わっていけますよ。

正岡 子規さんのこんな名言もありました。

見る所狭ければ自分の汽車の動くのを知らで、隣の汽車が動くように覚ゆる。

正岡 子規の名言

明治維新の改革を成就したものは、20歳前後の田舎の青年であって、幕府の老人ではなかった。

正岡 子規の名言

黙ってこらえているのが一番苦しい。
盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少し苦痛が減ずる。

正岡 子規の名言

駄句は捨てずに書きとめておかねばならない。
自分の作った句を粗末にして書きとめておかぬ人は、とてものこと、一流の作者にはなれない。

正岡 子規の名言

病気の境涯に処しては、病気を楽しむという事にならなければ生きていても何の面白みもない。

正岡 子規の名言

この百日という長い月日を経過した嬉しさは人にはわからんことであろう。

正岡 子規の名言

人の希望は、初め漠然として大きく、後、ようやく小さく確実になるならびなり。

正岡 子規の名言

為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く、為すべからずと信ぜしこともいつかはこれを為すに至ることしばしばなり。

正岡 子規の名言


これまでに紹介した正岡 子規さんの名言です。

(浜本 哲治)

松山市にある子規記念博物館 Wikipediaより
松山市にある子規記念博物館 Wikipediaより

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