ミハイ・チクセントミハイの名言 Mihaly Csikszentmihalyi
創造性の大部分は、伝統領域の境界を超えることにある。
ミハイ・チクセントミハイ Mihaly Csikszentmihalyi
ハンガリー出身のアメリカの心理学者 1934〜
Wikipedia(日本語)/ Wikipedia(英語)
創造の種子を見つけるのは、常識や当たり前と考えられているものを掘り下げてみるのが最も確実で早いかもしれませんね。
今あなたが取り組んでいることも、常識や当たり前がたくさんあるでしょう。
なぜその方法がいいのか。
どうしてそれでなければならないのか。
常識だから。昔からやっていることだから。という答えしかなければ、まずその境界は確実に超えられるでしょう。
これが、この方法が最高の物、方法だから。
これにも超えていけるものがあるでしょう。
最高と言っても、たぶ、全ての可能性を試した結果ではないでしょう。
また人間が自然界で認識できているものは、ほんの僅かなものですし、日々新たな発見は行なわれています。
そういう中でこれ以上のものはないと考えるのは、とても不自然なことですね。
今は最高であっても、明日にはもうもっと良いもの、方法が見つかっても不思議ではないのが自然界です。
なぜ?どうして?という純粋な子ども心が、創造にもっとも近い発想なのでしょう。
元来創造は、自然界にあるものの組み合わせで生まれてくるものです。
未だ発見されていないものも含めて、無限の組み合わせがありますし、同じ組み合わせでも量やタイミング、アプローチの方向など、これまた無限の組み合わせがありますから、これが最高、究極だと考えるのは早計でしょう。
ひとつの物や方法が変われば、あらゆる部分も変更を余儀なくされることもあります。
そして全く新たなものが生み出されます。
これは物だけではなく、技術、能力などでもそうですね。
ひとつの技術、能力をどこまでも研ぎ澄ましていけば、様々なことに応用できるようになります。
どうぞあなたが追求している分野の常識や当たり前に疑問を投げかけてみてください。
そこには、まず間違いなくさらに追求できる余地はあります。
人間の心身の健康や、植物を育てる分野、思いを実現していく分野でさえ、不自然で本質を捉えていない常識は溢れるほどにあります。
そしてその常識を超える鍵は、自然の中にあります。日常の中にあります。
あなたが授かった素晴らしい才能、能力は、あなたの思いと探究心さえあれば、きっと常識を超える発見に辿り着きます。
ぜひ本質に向けて追求してくださいね。
本質から外れた方向に向かうと余計なことが増えていって、洗練とはほど遠い複雑な方向に向かいますからね。
(浜本 哲治)