高見 順の名言 Jun Takami

高見 順(Jun Takami)Wikipediaより

傷ついたのは、生きたからである。

高見 順 Jun Takami

小説家 詩人 1907〜1965


自然界で生きるということは、たくさん磨かれるということです。

磨かれるとは、研磨されることです。
簡単に言えば、傷つけることですね。

また一旦自然界に生まれ出れば、様々な刺激を受けることになりますから決して無傷ではいられません。

その刺激に晒されて受けた傷などが、本来自然界の存在には、味わい、風格となって備わっていきます。

逆に傷がないと深みが醸し出されることもなく、時の経過とともに危うさにもなりかねませんね。

もちろん同じ傷を味わい、深みと感じる人もいれば、痘痕と取る人もいるでしょう。

どんな愛も全ての人に届くものではない自然界の法則からして、当然のことです。

ただ、その傷を風味、風格ととらえ、味わってくれる人、必要としてくれる人が必ずいるのも自然界です。

特に大きな傷は、そこを起点に自分らしさを醸し出す、研磨をしていくのに、最適な傷、刺激になるでしょう。

その傷がなければ、とてもできなかったことにチャレンジできるのも、その授けられた傷のおかげというケースがたくさんあるのも事実です。

生きた証、チャレンジした勲章の傷も個性のひとつです。

ぜひ、愛してあげてください。

高見順さんのこんな言葉もありました。

ひとを愛するということは、自分を愛するということから始めなければならないのだ。
ひとを愛するということは自分を愛するということなのだ。
自分を愛することができないものがどうしてひとを愛することができようか。


どんな傷を負ったとしても、だからこそ到達できたという境地に、その傷を活用してたどり着いてください。

遠くにたどり着くには大きなエネルギーが必要になりますが、ありきたりのエネルギーでは未知の境地には至れません。

すべての刺激を推進力にすることです。

心地良いエネルギーより、そうでないエネルギーの方が変換して推進力にするには、比較にならないほど大きなものですからね。

すべての刺激を、まずはあなた自身を愛するエネルギーにしていってください。

これまでに紹介した、高見順さんの言葉です。

(浜本哲治)

高見順(左)と川端康成(右)Wikipediaより
高見順(左)と川端康成(右)Wikipediaより

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