高見 順の名言 Jun Takami

高見 順(Jun Takami)Wikipediaより

欠点のない人間はないだろう。
友人の欠点をとがめ立てていたら、この世に友人というものはないだろう。

高見 順 Jun Takami

小説家 詩人 1907〜1965


自然界には完璧、完全というものはありません。

どんなにそれが完璧に思える境地でも、そこに至ってしまえば、必ずさらに先の領域が見えてきます。

常に進化を目指してチャレンジしている、進化の過程にあるということですね。

したがって常に学ぶ必要がありますし、また自然界では、どこまでも可能性のある能力も授けられています。

完璧や完全を目指してチャレンジしていくことは大切なのですが、無限の可能性のある自然界では、そこに近づけるというよりは、知れば知るほどにその境地は遠くに感じることになるでしょう。

近づいているとするとたぶんそれは、目指しているものが完璧なものではなく、その過程のものだと言えるのかもしれませんね。

人間も、自然界のあらゆる存在も、完全な存在はありません。

また、価値観も千差万別ですから、いくら自分が完璧だと考えても、価値観の違う人が見れば、そう感じないことも当然あります。

長所、短所なども、見る人がその人の価値観でそう考えているだけで、人が違えば、また同じ人でもタイミングが違うだけで、全く逆に考えてしまうこともしばしばあることですね。

こんな不安定なもので、誰かや自分自身を決めつけてしまうことは、とてももったいないことでもありますし危険なことだとも言えるでしょう。

人間は自分の価値観の中でしか感じないところがありますから、ある意味、自分自身を完璧に感じてしまうことがあるのかもしれません。

自分の価値観から外れるものは、全てダメなことだ。というように。

これは、自分自身の可能性も極端に狭めてしまうことになりますから、非常にもったいないことでもあります。

もし自分の価値観を主張するのであれば、他の価値観も認めてあげることが自分自身の成長、進化にも大きく前進しますし、人間界、自然界全体の進化に寄与することにもなります。

人間界の中でも、そして自然界全体の中でも、違いを認め合い尊重し合うことを、まずは自分自身から実践していくことですね。

もちろん、認め尊重することは、単に迎合することではありません。

むしろ、排除したりすることなく、融合していくことを感じ考えていけば、新たなものが創造される可能性が高くなりますね。

人間界の一人ひとりの中から排除の論理を手放していくことができれば、人間界は進化への道を進んで行けるでしょうし、争いもなくなる方向に向かって行きますね。

世界平和の第一歩は、目の前の人の、そして自分自身の全てを認めてあげることからですね。

これまでに紹介した、高見順さんの言葉です。

(浜本哲治)

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