五木 寛之の名言 Hiroyuki Itsuki

 五木 寛之(Hiroyuki Itsuki)Amazonより

もしプロという言葉があるとしたら、それは技術ではなく、自己犠牲を伴う努力なり研鑽を己の生き甲斐にできるかという、その一点にかかっているんじゃないですか。

五木 寛之 Hiroyuki Itsuki

小説家 エッセイスト 評論家 作詞家 作曲家 1932〜


プロフェッショナル。
その定義は様々ですが、辞書によると「専門家」「本職」となっています。

五木寛之さんが言っているプロは、本物のプロ、一流のプロを指しているのでしょう。
職業にしているだけでは本物のプロとは言えないでしょう。

もちろんやることで収入を得ていこうとすれば、それなりの技術や知識は必要です。
そしてそこに志や夢、理想が加わることも不可欠でしょう。
しかし収入を得るためだけにやっていることでは本物のプロにはなっていかないでしょう。

そもそも収入を得ることを夢や目標にしていくことでは、これからもますます実現しにくくなっていきます。

これだけ情報が溢れていて、どこで手に入れてもそれほどの差がなく、これからSNSなどが浸透してくれば、CMやセールステクニックでは売れなくなってきますから、より本物が求められる時代です。

収入は提供できたものの結果であって、そこにベクトルを向けるのはおかしなことです。

さらにこれからはこれ以上環境負荷を増やすようなことも、自然淘汰されていくことになるでしょう。

本物が要求され、必要とされる時代ですから、あれもこれもでも難しいです。

どんどん分散化、専門特化していきますから、そこそこのレベルでは職業にも出来ないどころか簡単に淘汰されることになります。

これは個人でも組織でも同じでしょう。

諦めることなく深く深く追求していけることは、好きなことでないと出来ないでしょう。
嫌々、仕方なく、いい加減にやったことで感動を届けられるほどにはなりません。

さらには歯を食いしばって努力したことでも、まだまだ感動にはほど遠いでしょう。
まさに、この言葉にあるように「生き甲斐にできるか」

努力と感じるか楽しみと感じるか。これは本当に大きな差です。

もちろんプロとしての最高レベルの技術なりを提供することは大前提です。
一流と超一流の差ですね。

これからは超一流でないと淘汰される、そんな世の中になっていくでしょう。

もちろん自然は当たり前に超一流です。
人間界はようやくその入り口に立とうとしているかどうか、というところでしょうか。

あまりにも不平不満やストレスが渦巻いている、そんな世界はどう考えても超一流の世界とは言えません。

毎日の仕事や、やるべきことを子どもの頃の遠足の前日の気持ちのように、ワクワク、ドキドキ楽しめていますか?

あなたにせっかく与えられた天才を充分に輝かせられていますか?

超一流の入り口に立ってから、本当に天命を果たす役割が始まるのかもしれませんね。

これまでに紹介した五木 寛之さんの言葉です。

(浜本哲治)

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