アラン・アレクサンダー・ミルンの名言 Alan Alexander Milne

アラン・アレクサンダー・ミルン(Alan Alexander Milne)Wikipediaより

一人になった時に、ふと考えることがある。
それは、これまでどれほど稼いだかでなければ、どれほど有名になれたかでもない。
「何か社会に役立つことをしているか」ということである。

アラン・アレクサンダー・ミルン Alan Alexander Milne

ドイツの詩人 1794〜1827
Wikipedia(日本語)/ Wikipedia(英語)


描くべき、目指すべき夢について大きな示唆のある言葉ですね。

自然界で最も充実した人生にして、最も幸せを感じる生き方が、誰かの幸せのために愛を届けることです。

その生き方を実践していけば、生かされることはもちろんのこと、必要な愛は与えられることになります。

仮に結果として与えられる愛を求め、目指すことをやっていても、最後は本来目指すべきことが気になるのであれば、最初からそれを目指した方が遥かに大きな愛を与えられることになります。

現代社会は社会構造や教育などが、本来の自然の摂理から外れていますから、現代人はなかなかこの本質がわからなくなっています。

結果として与えられる愛や、本来手段でしかないものを追い求めても、なかなか上手く実現していくものでも、続いていくものでもありません。

それをやってきた結果が、今の争いもなくならない、病も増える一方の人間界を創りだしています。

手段や結果として与えられるものを目指すことは、とても不自然なことで猛烈なストレスを感じますから、そうなるのも当然と言えるかもしれません。

ストレスだけを考えてみても、仮に同じような行動をとるにしても、目指すべき夢を目指すのと手段を目指すのとでは雲泥の差があります。

そのストレスで健康を害したり、疲労が蓄積して能力の発揮が覚束なくなることも考えれば、そこには結果にも大差が出てきても仕方ありません。

時々、社会がそういう風に変わったら。とか、余裕が出来たら考える。というような話しも聞きますが、これはどんな環境であっても今すぐに変えられることです。

ここを変えていかないと余裕も出てきませんし、社会が変わることもありません。

本来目指すべき夢を描いてチャレンジしていくこと。

本来目指すべき夢とは、その人生において与えられた能力を使って、誰かの幸せのためにどんな愛を届けられるか。それをどれほどの人に届けるかです。

A・A・ミルンさんのこんな名言もありました。

三流の人間は多数派と同じことを考えているときに幸せを感じる。
二流の人間は少数派と同じことを考えているときに幸せを感じる。
一流の人間は考えているときに幸せを感じる。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言


もし今あなたが心から幸せを感じ、納得している人生になっていないのであれば、不自然な状況になっている人間界の流れに囚われずに、本質を見極めて自由な思考を試みてください。

そしてあなたの心を感じてみてください。
心は目指すべき夢をきっと知っていますよ。

そして、あなたの能力は目指すべき夢にチャレンジしていくことで、最高の歓びとともに、その真価を発揮してきますよ。

他にもアラン・アレクサンダー・ミルンさんのこんな名言がありました。

ほんの些細なことが、きみの心のほとんどを占めることがある。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言

雑草も花なんだよ、一度それと知り合いになるとね。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言

自分を変えてくれるものが自分を作るものだ。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言

きみと過ごす日はどんな日でもぼくの大好きな日。
だから今日はぼくの新たなお気に入りの日だ。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言

たとえ話しかけている相手が聞いていないように見えてもむっとしない。
耳に小さな綿毛が入っちゃっただけかもしれないから。

アラン・アレクサンダー・ミルンの名言


これまでに紹介したアラン・アレクサンダー・ミルンさんの名言です。

(浜本 哲治)

アラン・アレクサンダー・ミルンの署名 Wikipediaより
アラン・アレクサンダー・ミルンの署名 Wikipediaより

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