大谷 米太郎の名言 Yonetaro Ohtani

ホテルニューオータニ庭園内の大谷米太郎像 Wikipediaより

私の人生は、よく他人に七転び八起きの人生のように言われるが、外見には波乱に富んだ人生のように見えても、私自身としては階段を一段一段上がっていったもので、私は未だかつて転んだことはない。

大谷 米太郎 Yonetaro Ohtani

力士 実業家 ホテルニューオータニ創業者 1881〜1968
Wikipedia


事を成した人たちのチャレンジは周りには大変なことをしているように見えますが、他の人にそう見えるようなことも当たり前のことのように感じてやっていることが多いものです。

これは植物たちの日々のチャレンジに通じるところがあるでしょう。

雨の日も風の日も雪の日も、風雪に晒されながら嬉々として、淡々と飽きることなくチャレンジをしていく植物たちを見て、何が愉しいのか?と見えるかもしれませんが、植物たちは明らかに意図を持って自分の、そして種族、自然界の進化を目指してチャレンジの日々を愉しんでいます。

この姿を見ていると、自然界の本来の愉しみ、歓びがどこにあるのかが明確に見えてきますね。

結果として得られる何かに幸せの種子があるのではありません。

目指す何かに向かってチャレンジしている過程の中にこそ、最大の幸せの種子はあるものです。

またたとえどんな状況に遭遇したとしても、その現象には原因があって自分自身が引き寄せているものですから、意味があり学べ、価値があるものです。

失敗はあり得ず、単に学ぶ材料に遭遇しただけとも言えます。

波乱のない人生を求めることは、感情的な起伏では嫌なことも嬉しいことも少ない人生を求めることになります。

自然界のエネルギーの動きは、必ず波状、スパイラル状のリズムを刻みますから、どちらかに大きく振れれば必ず反対方向にも振れていきます。

このリズムに思考、感情で一喜一憂していてもあまり意味はありません。

それよりもその現象の真意を汲み取り、感情、思考を手放していくことを身につけていった方が得られるものは多くなります。

どうぞのっぺらぼうな人生より襞の多い人生にしていってください。
自然界の人生を真に愉しむ生き方を身につけていってください。

大谷 米太郎さんのこんな名言もありました。

たった今から収入の一割の貯金をしたまえ。
自分で苦労したタネ銭がなくては、芽も出てくるまい。

大谷 米太郎の名言

(浜本 哲治)

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