山岡 荘八 やまおか そうはち Sohachi Yamaoka

山岡 荘八(やまおか そうはち)Sohachi Yamaoka Wikipediaより

人間はの、
最も多くの人間を喜ばせたものが
最も大きく栄えるものじゃ。

山岡 荘八 やまおか そうはち Sohachi Yamaoka

小説家 作家 1907〜1978


自然の摂理の、最も大切なことが、
「愛は届けたものに、与えられる。」
ですが。

これがなかなか実践し続けられないのが、
人間なのでしょうか。

せっかくの素晴らしい才能、能力を、
単に自己満足だけに終わらせてしまって、
届けようとしないケースや。

愛や才能は、必要としてくれる人に、
届け続けることに専念すればいいのに、
愛が与えられることを期待したり、
求めたりすることで、
素晴らしい愛の循環を自ら崩してしまって、
ストレスや不満を募らせているケース。

本来、誰かの幸せや夢の実現のために、
愛を届けるものなのに、
与えられるものを目指して、
愛の循環を起こせなくて、苦悩しているケース。

また、届ける愛は、届けたい愛が自然ですが、
届けたくないもの、自分がもらっても困るものなどを、
届けているケース。

そして、届けられる愛を精一杯届けることが、
やはり自然なものですが、
無理をして届けようとして、
続かなくなっているケースなどなど。

愛を磨くこと、届けることは、
同じようにやっていても、
本来の自然の摂理とはズレていて、
愛が与えられないと嘆いていたり、
事業などでは維持できなくなったり、
個人ではやめてしまうことも、
多くなっていますね。

自然界の中の人間界が、
こういう流れになってしまっていますが、
その源流を辿ると、根源は、
たぶん、家庭の中にあるのでしょう。

子どもたちに、手段を否応なく目指させていたり、
「こんなにしてあげているのに。」
というような言葉が、日常に溢れていたり、
感謝を要求するような風潮があったりなどなど、
いつの時代も、社会は間違いなく家庭の反映ですからね。

家庭の中でも、
自然の摂理に沿った言動が、
実践されていなければ、
たぶん、円満な家庭は築いていけないでしょうし、
それが、そのまま社会生活に反映するものでしょう。

「愛を届けたものに、愛は与えられる。」

これは、自然界のあらゆる場面で働く、
自然界のルールです。

人間界のローカルルールに慣れてしまっていると、
与えられるのを、待てなくなって、
自然に循環していく大きな愛を受け取れず、
その循環を崩してしまって、
無理をすることに繋がっていきます。

どうぞ、あなたの素晴らしい才能や、
才能が創り出した、誰かを幸せにしたり、
夢の実現に役立つ愛は、
大きく循環させてあげてください。

やることは、才能や愛のレベルを、
どこまでも高めていくことと、
ひとりでも多くの人に、届け続けることです。

自然の摂理に忠実に、
実践していけば、
間違いなく、大きな愛を受け取ることになります。

まずは、家庭から実践ですね。

(浜本哲治)

『徳川家康』連載再開の意気込みを語る山岡荘八(1963年)Wikipediaより
『徳川家康』連載再開の意気込みを語る山岡荘八(1963年)Wikipediaより

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