五代目 中村 富十郎の名言 Tomijuro Nakamura 5th

五代目 中村 富十郎(Tomijuro Nakamura 5th)Amazonより

役者は生涯、死ぬまで修業、毎日が舞台、毎日初日のつもりで、やらなければならない。

五代目 中村富十郎 Tomijuro Nakamura 5th

歌舞伎役者 1929〜2011
Wikipedia(日本語)/ Wikipedia(英語)


これは、全てのチャレンジに言えることでしょう。

発揮される能力のクオリティの高さは、チャレンジの質と量で決まってきます。
質も量もどちらも大切です。

どちらかだけでは、到達できるレベルがありきたりのレベルになってしまいます。

特に質の部分では、技量の質なども大切ではありますが、それ以上に好きであること、愛しているという想い、そして毎日どれだけ新鮮な気持ちで臨めるかなどの質の方が、はるかに重要な要素になるでしょう。

また、どこまでも高い到達点が、どのレベルに到達しても見えてくる自然界では、どこかのレベルに到達すると安心できるとか、満足、納得できるというという到達点はありません。

どんなに高いレベルに到達したとしても、さらに上を目指すことを止めてしまえば、すぐにその瞬間から下降が始まるものですし、前に進もうとすることより、維持しようとするチャレンジの方が、遥かに不自然なストレスが多くなってしまいます。

これは人間だけでなく、自然界で生を与えられた存在全てに言えることですが、その生あるうちは前に進み続けることが、もっとも不自然なストレスのない人生になります。

このことは植物たちの生き様を感じていると、まざまざと感じさせてもらえることですね。

人間は非常に不自然にというか、自然に逆らってその人生を歩もうとし過ぎているきらいがあります。

早く楽をしたい。とか、あのレベルに到達すれば安心できる。とか、あり得ないこと、要するに幻想を追い求めて、あるいはそうさせられて、大きな不自然なストレスに苛まれているのが、今の人間界の現状でしょう。

どこに到達しても、人間界でイメージされているような安心や楽などは、自然界ではありません。

どんなに高い位置に到達しても、今のあなたの未来への不安や、現状への不満は全く同じようにあるものです。

例えば、大きな夢をイメージしてチャレンジすることを笑ったり、現実を見なさいと諭したりする傾向に人間はありますが。

それよりも、ありもしない幻想をあるように思わされ、目の前の嫌々にしかできないようなことを愉しめもしなくやって、結局どこまでいっても、心が辿り着きたいところには辿り着けないことを、最期の瞬間に思い知らされる、幻を追い求めることの方が遥かに滑稽なことと言えるでしょう。

同じ未知だとすれば、イメージできた夢に到達しようとすることは、そこに至るまでの過程も愉しむことができ、必ず到達可能であることからしても、遥かに現実的で自然に沿った自然界での生き方と言えるでしょう。

人間界では、本来自然界で目指すべき夢が、普通に夢として捉えられていないことをはじめとして、不自然なことがたくさん当たり前に横行しています。

自然界を生きることは、もっともっと毎日が小躍りできるほどに愉しいものです。
苦痛で顔を歪めて過ごすような生き方は、不自然の生き方をしている証しですから、ぜひその不自然さに気づいてください。

あなたの素晴らしい才能は、自然さを授けてあげることで、どこまでも大きく成長、進化していきます。
追求すべき方向は、自然です。

(浜本 哲治)

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