藤原 鎌足の名言 ふじわらの かまたり

藤原 鎌足【ふじわらの かまたり】Wikipediaより

大きなる事を謀るには、輔有るには如かず。

藤原 鎌足 ふじわらの かまたり Kamatari Fujiwarano

飛鳥時代の政治家 藤原氏の始祖 614〜669


大事を成し遂げていくには、あらゆるところに、
味方や応援者がいることが大切だという意味でしょうか。

夢を実現していくには、ひたすら自分自身と向き合って、
自分自身を磨いていくしかないのですが。

もちろん、夢の実現はもちろんのこと、
自分自身の能力の開発にも、多くの人や自然界の存在の、
直接的な命であったり、命そのもの時間を与えてもらって、
また、応援していただいてこそ、成就していくものです。

自分と向き合っていくことが、
ともすれば、他人を排除したり、蔑んだりすることに、
繋がっていくこともあるのが、人間界の多くですね。

夢の実現は、能力が活かされる局面だけで、
成立するものではないことを心しておかなければなりませんね。

ひとつの夢を実現していく過程で、
ご縁があり関わることになった人たちにも、
目指す夢の実現ではなくても、
幸せを感じてもらえるようにしていくことが、
本来の夢の実現である、大切な誰かの幸せを実現することそのものですし、
その先に、目指す夢の実現が見えてくるものでしょう。

過程を飛ばしては、どこにも辿り着けませんし、
独りよがりでは、夢の実現は全くあり得ません。

遠くにある夢の実現は、
目の前の夢をひとつひとつ実現していくことで、
成し遂げられるという実践は、
植物たちの姿を見ていると明らかに感じさせてもらえますね。

例えば、大木が、自分が大きくなることだけを考えて、
日々、自分の周りに幸せを届けることをしなかったとしたら、
その木が育ててもらえることはありませんね。

日々、自身の身を削って、
そばで暮らす者たちのために、
自身のできることで、愛を届けているからこそ、
それが循環して、自らも大きく成長できるものです。

植物たちは、排除したりすることはありません。
もちろん、自らが育つことで、環境は変わってしまいますが、
これは、自然の循環の中で、起こることですが、
全てを、できる範囲で、できるだけ多くを、必要としてくれる者に、
捧げていくことは、常に実践していることです。

どうも、人間だけが、届けること以前に、
与えられることを求めてしまうようになっているようですね。
そして、さらには、与えられないと文句を言う始末にもなっています。

全ての出逢う人、出来事、物には、
愛だけを届けるだけで充分です。
もちろん、無理をすることはありません。
無理をしても続かなければ意味がありませんからね。

愛だけを届けたとしても、
それを愛と感じない人も、非常にたくさんいることになりますから、
自らが愛と感じない、言動などのエネルギーを届けてしまっては、
簡単に言えば、どんどん成長、進化から遠ざかっていきます。

愛だけを届け続けていれば、
あなたの大事の時に、多くの輔けを授けてくれる人が、
たくさんいることに、驚くことになりますよ。

どうぞ、誰かの幸せを実現するという、
自然界の本来目指すべき夢とは、
毎日実現していくものだと考えてください。

周りを幸せにできない人に、
大事を成し遂げられないという所以は、
ここにありますね。

(浜本哲治)


日本史の影の主役藤原氏の正体 鎌足から続く1400年の歴史


談山神社の藤原鎌足像 Wikipediaより
談山神社の藤原鎌足像 Wikipediaより