髙野 鎮雄の名言 たかの しずお

髙野 鎮雄【たかの しずお】Wikipediaより

夢中でしたね。夢中っていうのは、
たいへんすばらしいことだと思う。
神様がね、こんなすばらしい人たちを
私の周りに置いて下さった。
ぜひ皆さんも、
何でもいいですから夢中になってください。

髙野 鎮雄 たかの しずお Shizuo Takano

日本ビクターの元副社長 VHSの開発を指揮し「VHSの父」「ミスターVHS」と呼ばれる。1923〜1992


どんなことでも、夢中になることが、
上達、成長、進化に最も大切なことでしょう。

夢中は理屈ではありません。
いくら、思考で考えても、
それを実現することはできませんね。

同様に、夢中になれることを、
思考で選択しようとするのも、不自然ですし、無理があります。

かっこいいから、流行っているからなどなどを、
思考で考えていては、理屈でない領域には、
なかなか踏み込んではいけないでしょう。

未知の未来に、今すぐに実現できないことを、
僅かな違いで、何が起こるかわからない自然界で、
実現しようとすること自体、
すでに思考の領域を超えています。

思考で考え、組み立てて、
構築できる未来は、夢の実現というよりは、
今でも実現可能な予定と言ってもいいでしょう。

思考の領域を超えた未知を、
創造していくには、思考を超えた領域で、
チャレンジしていくことです。

その大切なひとつが夢中ですね。

そもそも、自然界には一切の無駄はありませんから、
何に夢中になるかを選ぼうとするより、
夢中になれるものを、自然界で本来目指すべき夢に
乗せていくようにした方がいいでしょう。

夢中になれないものを、
頑張って、夢中になれるようにすることは、
とても苦しいことになります。

夢中になれないものでは、
未知の未来の、未知の夢を実現するのは、
非常に困難なことになりますね。

また、人はそれぞれに天賦の才を授かっていますから、
自分らしさを充分に発揮しているほどに、
本来、出逢うべき夢中になれるものが、
目の前にあると考えた方がいいでしょう。

かりに、自分らしさを抑えこんでいたとしても、
エネルギーとして醸し出されるものは、
隠しようがありませんから、
やはり、出逢うべき夢中になれるものの、
近くにいると考えられますね。

夢中も連鎖していくものです。
ひとつの心が感じた夢を、
どこまでも追求していくことで、
必ず、そこから広がる夢に繋がっていくように。

夢中になれるものに、没頭して夢中になっていれば、
その進化に応じて、夢中になれるものが繋がっていきます。

決して、全体に夢中になる必要はありません。
ある一部でもいいでしょう。
とにかく、我を忘れて没頭できるものに、
エネルギーの全てを注ぎ込んでいくことです。

夢中になることは、
閃きや、潜在能力が発揮できる、
思考を手放した状態と言ってもいいでしょう。

潜在領域と繋がって、情報や能力を、
引き出していくにも、大切なことですね。

一日のうちに、どれだけ夢中になり没頭できているか。
それを感じれば、事の成就は自ずと見えてきますね。

(浜本哲治)


陽はまた昇る―映像メディアの世紀 (文春文庫)