五木 寛之の名言 Hiroyuki Itsuki

五木 寛之(Hiroyuki Itsuki) Wikipediaより

もしプロという言葉があるとしたら、それは技術ではなく、自己犠牲を伴う努力なり研鑽を己の生き甲斐にできるかという、その一点にかかっているんじゃないですか。

五木 寛之 Hiroyuki Itsuki

小説家 エッセイスト 評論家 作詞家 作曲家 1932〜


プロフェッショナル。
その定義は様々ですが、辞書によると。
「専門家」「本職」となっています。

五木さんが言っているプロは、本物のプロ、一流のプロを指しているのだと思います。

職業にしているだけでは、本物のプロとは言えないでしょう。

もちろん、やることで収入を得ていこうとすれば、それなりの技術や知識は必要ですね。

そして、そこに志や夢、理想が加わることも不可欠でしょう。
収入を得るためだけにやっていることでは、本物のプロにはなっていかないでしょう。

そもそも、収入を得ることを夢や目標にしていくことでは、これからも、ますます実現しにくくなっていきますね。

これだけ情報が溢れていて、どこで手に入れても、それほどの差がなく。
これからSNSなどが浸透してくれば、CMやセールステクニックでは売れなくなってきますからね。
より本物が求められる時代です。

収入は提供できたものの結果であって、そこにベクトルを向けるのはおかしなことです。

さらに、これからはこれ以上環境負荷を増やすようなことも、自然淘汰されていくことになるでしょうね。

本物が要求され、必要とされる時代ですから、あれもこれもでも難しいですね。

どんどん分散化、専門特化していきますから、そこそこのレベルでは、職業にも出来ないどころか、簡単に淘汰されることになりますね。

これは、個人でも組織でも同じでしょう。

諦めることなく、深く深く追求していけることは、好きなことでないと出来ないですね。

嫌々、仕方なく、いい加減にやったことで、感動を届けられるほどにはなりませんね。

さらには、歯を食いしばって努力したことでも、まだまだ感動にはほど遠いでしょう。

まさに、この言葉にあるように
「生き甲斐にできるか」

努力と感じるか、楽しみと感じるか。
これは本当に大きな差です。

もちろんプロとしての最高レベルの、技術なりを提供することは大前提ですね。

一流と超一流の差ですね。

これからは超一流でないと淘汰される、そんな世の中になっていきますね。

もちろん、自然は当たり前に超一流です。
人間界は、ようやくその入り口に立とうとしているかどうか、というところでしょうか。

あまりにも不平不満やストレスが渦巻いている、そんな世界は、どう考えても超一流の世界とは言えませんね。

毎日の仕事や、やるべきことを、子どもの頃の、遠足の前日の気持ちのように、ワクワク、ドキドキ楽しめていますか?

あなたにせっかく与えられた、天才を充分に輝かせられていますか?

超一流の入り口に立ってから、本当に天命を果たす役割が始まるのかもしれませんね。

(浜本哲治)

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