ミヒャエル・エンデの名言 Michael Ende

ミヒャエル・エンデ(Michael Ende)Wikipediaより

あきらめぬ強さがあれば、幸運は必ずや訪れる。

ミヒャエル・エンデ Michael Ende

ドイツの児童文学作家 1929~1995
Wikipedia(日本語)/ Wikipedia(英語)


自然界で夢を実現していくために最も大切なことだと言ってもいいでしょう。

あきらめないためには、やはり自然界を理解していくことです。
自然界には無限の可能性があります。
人間にはまだ解明できていないことだらけなのが自然界です。
人間の目に見えているものだけが自然界の全てではありません。

たとえどんなに八方塞がりになったとしても、必ずその状況をブレイクスルーしていける道はあります。
このことを理解できていれば、あきらめることは必要なくなりますね。

あきらめないことは、自然界の理からすれば歯を食いしばって頑張るというイメージではなく、その状況を愉しんでいけると理解していくことです。

どうも「あきらめない」というととても困難なことのように考えられがちですが、そこにある見えていないものが見えてくる楽しみを愉しむことだと捉えてください。

この視点が持てると、きっと今までと見える世界が違ってきますよ。

ミヒャエル・エンデさんのこんな名言もありました。

時間をケチケチすることで、本当は全然別のなにかをケチケチしているということには、誰ひとり気がついていないようでした。
自分たちのいのち(生活)が日ごとに貧しくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、誰ひとり認めようとはしませんでした。

ミヒャエル・エンデの名言

僕はこの滑稽でおぞましい鏡の牢獄から破り出たかったんだよ。
そこでは、僕たち自身が何千とある鏡の面に映っているだけなんだ。
でもそれは徒労だった。もっとひどくなった。
そうすることで、僕はこの世界をなおさら失い、もうひとつの世界も見つけられなかった。

ミヒャエル・エンデの名言

読者は本の中の黒インキの文字を読んで、心のなかでその情景を思い浮かべねばなりません。
心の中で言葉を聞かねばならない。
読みながら、本当はその言葉を一緒に話さなければならないのです。
これは他のなにものにも代えがたいある親密さ、近密さなのです。

ミヒャエル・エンデの名言

『ほのかな暗示』という、この演劇形式の基本要素は、観客の知性と感受性と創造的な想像力とを、当然としてあてにしている。
こうして能は観客に最高の敬意を表するのだ。

ミヒャエル・エンデの名言

ヒトラーとかスターリンとか、あるいはチェザレ・ボルジアはいないほうが良かった、無視しよう、それについて考えるのはやめようというのは意味がありません。
こうしたすべての歴史が我々の今日の意識をもたらしたのであり、これが我々の歴史、独自の歴史なのです。

ミヒャエル・エンデの名言

次の一歩、次の一息、次の箒のひと掃き。
そしてその次,その次のことだけに集中するんだ。
何もほかに考えちゃダメだ。

ミヒャエル・エンデの名言

創造的な力は最高の人間の力である。
それは決して基礎づけられたり、習得されたりしないが、私はどんな人間もそれを身につけており、神との真の類似性―あるいは神との同一性でさえ―がその中に含まれていると確信している。

ミヒャエル・エンデの名言

ぼくたちが目指しているのは究極のところ、詩を生の中に織り込むこと、生そのものの中に詩を見つけ出すことではないだろうか。

ミヒャエル・エンデの名言


これまでに紹介したミヒャエル・エンデさんの名言です。

(浜本 哲治)

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