西田 幾多郎の名言 にしだ きたろう

西田 幾多郎【にしだ きたろう】Wikipediaより

信念というのは伝説や理論に由りて
外から与えらるべき者ではない、
内より磨き出さるべき者である。

西田 幾多郎 にしだ きたろう Kitaro Nishida

哲学者 1870〜1945


現代人は特にそうなのかもしれませんが、
外に色んなものを求め過ぎの傾向があるでしょう。

もっともっと自分の中を探求して、
自分の中から溢れてくるものを、
大切にしていった方がいいでしょう。

それがなかなかできない要因のひとつには、
自然界の無限の可能性を、
理解して、感じていないことがあるでしょうね。

自分自身は、全て自分で理解できている。
すでに現れている部分が、
自分の全てであるという、
誤解、錯覚に陥っているのでしょう。

人間の能力などは、氷山の一角で、
目に見えるところに現れていれば、
それを支える見えない部分が、
その何倍もあることを理解し、
実感していくことが大切ですね。

そのためにも、閃きなどを、
どんどん意図的に引き出していく術を、
身につけていくことです。

そして、宇宙にも似た、
無限が自分の中にあることを理解、体感して、
その無限の探索に、ひたすら向き合っていくことです。

その過程で、どんどん、
自分の内から溢れ出てくるものと、
遭遇していくはずです。

それが、真の信念であり、
真の現実、可能性ですね。

あなたの素晴らしい才能は、
今現れているものが全てではありません。

見えていない部分にアプローチして引き出し、
さらに深い無限を創っていくことですね。

西田さんの、こんな言葉もありました。

愛とは、知の極点である。


衝突矛盾のあるところに精神あり、
精神のあるところには矛盾衝突がある。


自己が創造的となるということは、
自己が世界から離れることではない、
自己が創造的世界の作業的要素となることである。


肉体的生活の意義は精神生活にあるのである、
肉体的生活は精神生活の手段に過ぎない、
物質的生活に偏する文化の発展は
決して真の人生の目的ではないのである。


以前紹介した、西田さんの言葉です。

花が花の本性を現じたる時、最も美なるが如く、
人間が人間の本性を現じたる時は、
美の頂点に達するものである。

https://goo.gl/ZEokXy


(浜本哲治)