寺田 寅彦の名言 てらだ とらひこ

寺田 寅彦【てらだ とらひこ】Wikipediaより

自然現象の不思議には、
自分自身の眼で驚異しなければならぬ。

寺田 寅彦 てらだ とらひこ Torahiko Terada

物理学者 随筆家 俳人 1878〜1935


どんなに解明を深めても、
自然界から不思議はなくなりません。

まだまだ人間の科学で解明できているのは、
ほんのごくわずかなものだけです。

科学で解明できていないからといって、
実際に起こる不思議な現象が、
ないものであるとすることはできません。

むしろ日常の中では、
解明できていな不思議なことの方が、
多いと言ってもいいかもしれませんね。

また、解明されていないことでも、
当たり前のこととして、
日常や生活に活用されているものも、
数多くあるでしょう。

日々、当たり前のように接していることでも、
よくよく感じ、考えてみると、
とても不思議なことである場合も、
とても多いのですが、
そういうものは、じっくりと感じて、
驚嘆していくことですね。

当たり前の日常の中に、
本当にたくさんの不思議があります。

ぜひ、それを見過ごすことなく、
ひとつひとつ深く味わっていってください。

また、自分自身で感じることなく、
安易に情報だけを鵜呑みにすることも、
注意した方がいいですね。

まずは、自分自身で実感すること。
これが何よりも大切なことですね。

そして、不思議はそのままにせず、
ぜひ、そこからさらに探求していってください。
それは、間違いなくあなたの夢の実現に、
大いに役立つことになりますよ!

寺田さんの、こんな言葉もありました。

科学はやはり不思議を殺すものではなく、
不思議を生み出すものである。


興味があるからやるというよりは、
やるから興味ができる場合が
どうも多いようである。


疑うがゆえに知り、知るがゆえに疑う。


美術家は時に原始人に立ち返って
自然を見なければならない。
宗教家は赤子の心にかえらねばならない。
同時に科学者は時に
無学文盲の人間に立ち返って
考えなければならない。


けがを怖れる人は大工にはなれない。
失敗をこわがる人は科学者にはなれない。
科学もやはり頭の悪い命知らずの
死骸の山の上に築かれた殿堂であり、
血の川のほとりに咲いた花園である。


最後の一歩というのが
実はそれまでの千万歩より
幾層倍むつかしいという場合が
何事によらずしばしばある。


以前紹介した、寺田さんの言葉です。

科学者になるには
自然を恋人としなければならない。
自然はやはりその恋人にのみ
真心を打ち明けるものである。

http://meigen.pt-hamamoto.biz/index.php?335


(浜本哲治)


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