アルベルト・アインシュタイン Albert Einstein

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)Wikipediaより

常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ。

アルベルト・アインシュタイン Albert Einstein

理論物理学者 ノーベル物理学賞受賞 1879~1955


人間はどうしてこうも型にはめたがるのでしょう?

秩序を守るためでしょうか?
永々と争いの無くならない世の中が、果たして秩序が守られていると言えるのでしょうか?

これは世間一般で言われている常識に限らず、個人個人の価値観もそうでしょうね。

私の常識と思っていることが、必ずしもあなたの常識ではありません。

人間はとかくこうあるべきだという、個人の価値観を他に押し付けようとします。
それがさもあなたのためだと言わんばかりに。

まさにこれは偏見でしかありませんね。

ひとりの人間の考えられること、知識の深さや器の大きさなどはたかが知れています。
その価値観は自分だけで持っていればいいでしょう。

人間の価値観も、時の流れとともにどんどん変化していきますからね。

どうもこの「こうあるべきだ!」という偏見に、人間は苦しめられているような気がします。
他人に対しても、自分に対しても。

10年前の常識は、今の非常識。
日本の常識は、世界の非常識。

人間の創ったものなんて、この程度です。

常識を教えるより、学ぶより、自然の摂理を教え学んだ方がいいですね。

挨拶は大切なことだから自分からしようね!と子どもたちに教えるよりは。

自ら実践する背中を見せることと。
愛は与えれば与えるほど、与えられる。という自然の摂理を、実際に自然を見ながら伝えた方がよほど身に付きますね。

これは常識。こうあるべきだ。こうでなきゃいけない。
これはたぶんあまり意味のないことでしょう。

常識や偏見に囚われて苦しんでいませんか?

あなたの天才を開花させるためにも、常識に囚われないことはとても大切なことです。

自分自身で苦しい型にはまろうとしていませんか?
才能の発露は常識を超えるところにあるものです。

せっかくの才能を並の能力で終わらせないでください。
本当にもったいないことですから。

どうぞ心を常識から解き放ってあげてください。

これまでに紹介した、アインシュタインさんの言葉です。

(浜本哲治)

アインシュタインが東北帝国大学を訪問した際の記念写真(1922年12月)左から本多光太郎、アインシュタイン、愛知敬一、日下部四郎太。Wikipediaより
アインシュタインが東北帝国大学を訪問した際の記念写真(1922年12月)左から本多光太郎、アインシュタイン、愛知敬一、日下部四郎太。Wikipediaより

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