ヘレン・ケラーの名言 Helen Keller

ヘレン・ケラー(Helen Keller)Wikipediaより

この世で一番哀れな人は、目は見えていても未来への夢が見えていない人だ。

ヘレン・ケラー Helen Keller

米国の社会福祉活動家 教育家 著述家 1880~1968


今、視覚、聴覚、言葉が奪われたとしたら。。。

どういう気持ちを持って毎日を過ごせるのだろう。

ヘレン・ケラーさんのようにしっかりと向き合っていけるのだろうか。

ヘレン・ケラーさんの言葉を読むたびに、五体満足で生かされている自分の甘さや、不甲斐なさを痛感してしまいますね。

私たちはどんな人生にしていくのも、自由に自分で選択していくことが出来ます。

与えられた才能、環境をどう活かしていくか、限られた時間をどう使っていくか、健康な心と身体をどう働かせていくか、すべて自由に決められます。

この部分に不自由さを感じているとしたら、それは自分自身で不自由に縛り付けているだけですね。

健康の専門家として言わせてもらえば、元々健康であった心と身体を、不自由なまでに機能を低下させているのは、健康の正しい知識を得ていないか、習慣を変えようとしていないだけですね。
自分自身でそうしているだけです。

人間は幸いなことに、才能を使うことなく時間をただ過ごすだけでも、生きていくことが出来ますね。

ただこれが幸いなことなのかどうかは疑問でもありますね。

自然の植物たちをともすると人間は見下しているというか、人間より下等な生き物と見ているふしがありますが。

それはどんな脳を持っているか。ということを人間目線で勝手に解釈しているにすぎないでしょう。

ひとつの人生をどう生きるか。ということに関しては、はるかに木々や草花の方がレベルの高い生き方をしているでしょう。

木々から人間を見ていると、私たち人間はどう映っているのでしょうね。

これだけ自然の摂理に逆らって、与えられた才能も発揮することなく、勝手に悩み苦しんでいる姿は、たぶん滑稽にさえ見えるでしょう。

自然の木々、草花の生き様を見ていると、まざまざと感じさせられることです。

自分に与えられた天命を知り、与えられた才能を余すところなく発揮して、ただひたすら自分の花を咲かせることだけに生きていってます。

自然の生き物には、生きていく上で多少のストレスは成長のために必要ですが、彼らは人間のような、変なストレスを溜め込むことはありませんね。

与えられた環境の中で、自分の天命、夢に向けて日々最大のチャレンジをしていますから、苦悩や悲しみを溜め込んで逡巡することもなければ、チャレンジをやめることもありません。
間違いなくすべてを楽しんでいます。

また決して環境のせいにはしませんね。

確かに精一杯のチャレンジをやめることは、即寿命が尽きることを意味しますが、それさえも悲しいこと、怖れることには感じていないでしょう。

これだけ人間が痛めつけても、木々や草花が逆襲してくることはありませんからね。

自然の中で生きる生き物は、天命、夢に向けて命を燃やし尽くすことが自然な姿ですが。さて。

あなたの夢は何ですか?
あなたの天命は感じていますか?
毎日それに向けて命を燃やしていますか?

それだけにエネルギーを使っていけば、苦悩やストレスから開放されます。
人生がキラキラ輝いたものになります。

すべては、自由に与えられたあなたの選択次第ですよ。

これまでに紹介したヘレン・ケラーさんの言葉です。

(浜本哲治)

二度目の来日をしたヘレン・ケラー。忠犬ハチ公像に触れる。(1948年8月30日)Wikipediaより
二度目の来日をしたヘレン・ケラー。忠犬ハチ公像に触れる。(1948年8月30日)Wikipediaより

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